SHUHEI'S BLACK BOX SINCE 1996
ブラック‐ボックス【black box】 機能は知られているが、内部構造が不明の装置。または飛行データ記録装置。----『大辞泉』より

 『大きな大きな船』の表紙のふたりに吹く風

集平のメモ。古いメモは気まぐれに消えていきます。  長谷川集平をAmazon和書で検索 Yahoo!オークションで検索 ★復刊リクエスト


中川五郎さんがこないだの長崎ライブの日のことを書いています。すごくうれしい文章です。あの衝撃のライブ以降、ぼくは歌のことをまた考え直しているところです。10/09/02



●きのう、新作絵本『トリゴラスの逆襲』の待ちに待ったゴーサインが出版社から出た。さあ行けとぼくの前にハードルがずらりと並べられたということだ。単純にうれしい。ゴールをめざして、いざ!
幼年童話3部作も動いているし、雪だるまの絵本も動いている。いろいろなことが動き出した。講演会やライブももっとやりたい。興味のある方はシューヘー・ガレージにお問い合わせください。

ここのところ好事魔多しで、物がよく壊れる。暑さのせいもあるかもしれない。先週などはシューヘー・ガレージ業務用iMacのハードディスクが突然お亡くなりになった。一同パニクッてしまって、インテルMacを買うしかないんだろうか、そうだとしたらソフトや周辺機器も総入れ替え、めちゃカネいるやん、仕事再開まで時間かかるやろし、どないしよ状態で気も狂わんばかりであったが、ふと思いついてオークションで状態のいい中古を手に入れて数日でリカバーできた。出品者と意外な接点があることがわかって、予想外の出会いにもなった。ハードやソフトをアカデミック価格で安く買えると大学の人に教えてもらえたのも収穫だった。それでもぼくにはきついが、いざとなったら利用させてもらおう。

好事魔多しなんてよく言ったもんだな。いちばん明るい面のとなりに一番暗い面がある、そこが絵の中心=ハイライトだ、石膏像の目と鼻を見てごらん、とデッサンの先生に昔、教えてもらった。画像は美大受験生の心細い日々を書いたぼくの『鉛筆デッサン小池さん』(91年 挿絵:永島慎二)の表紙。10/09/01



●アニメーション作家・川本喜八郎さんの訃報。23日に肺炎で、85歳だった。心からご冥福を祈ります。

まだ学生だったクンが川本さんの「火宅」(1979年)の制作過程の撮影などで使ってもらい、叱られながら多くを学んだ。ぼくも幾度かお会いして、その度におだやかに日本文化を諭されたことを思い出す。ぼくらが結婚した時には川本さんから思いがけないプレゼントを手渡された。東欧製のホーロー鍋だった。きょうもそれをクンは台所で使っている。

だいぶ前、ぼくは旅先のホテルでたまたま「不射之射(ふしゃのしゃ)」(88年)を観て、震えるほど感動した。YouTubeで英語字幕入り「To Shoot Without Shooting」3分割で全篇だれかがアップしているが、できればもっときれいな画面で観てほしい。DVDが出ている。中島敦の「名人伝」をもとにしたこの作品には何かを極めようとする人がいずれ立ち向かわなければいけない問題が見事に描かれている。ことしの春、ぼくは京造の授業で学生たちと観たところだった。また川本さんに会いたいねとクンと話していたところだった。

画像は「不射之射」と同年のわずか1分の作品「セルフポートレート」から。般若と化した人形と作者の川本さんの格闘が延々と続く。もうひとつの「不射之射」と言っていいだろう。多忙な手塚治虫さんが仕事場の窓から抜け出して、川本さんの新作試写会に来たという伝説がある。作品を見届けて、また逃げるように帰ったという。世間的には成功者の手塚さんは窓から抜け出して川本喜八郎のような創作をじっくりしたかったのだと思う。大事な人がまたひとり去った。ぼくらはもっとしっかりしなきゃね。10/08/27



●昨晩の中川五郎・長崎ライブは衝撃的で、ぼくは1曲目からアンコールまで涙が止まらなかった。五郎さんの融和力なのか、喧嘩別れみたいになっていた長崎の人たちと和解できた。出会いもあった。カッコいい五郎さんに感謝。
写真はライブ後の五郎さんと彼の楽器を持つぼくら。これからもう一軒。十何年ぶりの再会なのに、こないだのおしゃべりの続きみたいにおしゃべりした。一緒に何かしようと約束して別れた。きょうは佐世保、あしたは博多とまだまだ旅を続ける五郎さん、がんばってね! 10/08/24



『ホームランを打ったことのない君に』韓国版が出版されてからひと月以上経ってやっとうちに届いた。難産だったので心配していたが、まあまあいい出来でホッとした。前後の対応にあまり誠意を感じられなかったのが少々残念だ。隣国の絵本出版に大いに疑問を持った今回のやりとりだった。

楽しみにしていた『はせがわくんきらいや』韓国版は翻訳者に急に投げ出されちゃって中断している。『ホームランを打ったことのない君に』韓国版と同質の打算や自分勝手さを感じてしまうのは、こちらがあまりにウェットな日本人だからか。ぼくが求めているのは日本の出版特有の義理人情で、インターナショナルではないのかもしれないが、しかしそれは長年かけて多くの人の犠牲の上に獲得してきた美点ではないかとぼくは思う。われわれが大切にしてきた気遣いや心構えは学生にもぜひとも伝えておきたい。

写真はおととい、ジャスコ東長崎の児童書コーナー。自分の絵本がこういう当たり前の場所で売られているのを見るのは大変うれしい。大衆文化の華・野球を描いた『ホームランを打ったことのない君に』だからなおさらうれしい。この絵本について韓国人の感想に、われわれ以上に日本人は野球を愛しているのかもしれないというのがあった。それを伝えられただけでもよかったと思う。10/08/22



●あっという間に来たお盆。いや、そうでもないかな。ここまでいろいろあったような気もする。8月15日が1年の半分というのは4月始まりの学校や社会(それにプロ野球)の感覚なんだろう。

京都造形芸大の学生がふたり長崎に来ている。きのうは一緒に西坂教会で聖母被昇天ミサにあずかり、精霊流しの喧噪の中を歩きまわった。画像は県庁坂のクライマックスを過ぎて流し場に向かう大波止で。左からクン、ぼく、MとY。うしろは最大級の精霊船。ことしは市内で1,500の船が出たそうだ。実際はもっとだろうが、毎年こんなに人が亡くなるんだなと思う。嵐のような爆竹の音。喜怒哀楽の極みとともに巨大なエネルギーを発散させつつ西方浄土に旅立つ霊魂。残された人にとって、これは親切な非日常なのかもしれないと、父の「初盆」でもあるぼくは思ったことであった。

学生たち、きょうは浦上散歩中。どこかで落ち合って、ガイドブックにない長崎を見せて、今晩は稲佐山から夜景を観よう。10/08/16



●「信者だったら買わなきゃ」とクンが明るくレジに持って行った。ザックがいないからなんて言い訳をしてなかなか聴かないオレの暗さ。オジーの新譜「スクリーム」(画像)の悪かろうはずがない。ロブ・ゾンビ直結のどこかおかしな重心の低いノリ。80年代と決定的に違うのは、ボーカルもギターも深いディレイやリバーブで輪郭をボカされていないことだ。きっぱりしている。これはサウンドではなく歌なんだ。

オジーは不信仰の地面すれすれを墜落しそうになりながら、墜落したらしたで地獄まで降りていく。そしてまた高く舞い上がる。62歳の彼に若いころの迷いはない。もっと図太い迷い。信じるためにはこれでもかと疑い逆らう。叫び叫ばせる(スクリーム)。ジャケットのオジーの背に描かれた羽根を見よ。「ベルリン・天使の詩」に酷似している。手にした旗印は黒の無地、はためかせ、遠くを指さす。その先に何を見るかは聴き手にゆだねられている。

♪俺はロックスター 俺はディーラー 俺は召使い 俺は指導者 俺は救世主 俺は罪人 俺は殺人者 俺はお前の望むものすべて……ボタンを押せ 引き金を引け 俺はすべて お前は俺 俺はお前……すべて崩壊している 間違いない 何もかも変わっていく 壊せ 燃え上がるのを見ろ 終わったことは終わったこと 嘘はつかせておけ……1曲目「レット・イット・ダイ」より

65年前、長崎に原爆が落とされた日、これ以上ぴったりの音楽はないだろう。ロックンロール! 10/08/09



●きょうの港のギンギラ感、この写真で伝わるかしらん。エミー・ジャクソン(英語)・青山ミチ(日本語)の「涙の太陽」(65年)「♪ギ〜ラギ〜ラ太陽が 燃えるように はげしく火を吹いて 恋するこころ」をつい口ずさんでしまう。1番の続きはこうです。なんだか身につまされる。「♪知っているのに 知らんふり いつもつめたい あの瞳 なぜ なぜなの ゆらゆら太陽は 涙ににじむ」(詞:湯川れい子)

中川五郎さんから本当にひさしぶりに連絡があり、今月23日(月)に長崎でライブ(19時〜アミュプラザ・御飯大甚)があるとのこと。会いに行こう。十何年ぶり、その間に高田渡が死んじゃった。しばらく疎遠だった五郎さんと渡さんを強引に会わせたことがぼくにはある。おそるおそる、でもいい夜になった。
70年代、吉祥寺・ぐゎらん堂のぼくらのライブで初めてゲストで歌ってくれたのが五郎さん。出版はされなかったが、ぼくの初めての対談集にも五郎さんは参加してくれた。そもそも五郎さんの「受験生ブルース」を高石友也がヒットさせなかったら、五郎さんが「腰まで泥まみれ」や「ミー・アンド・ボビー・マギー」を日本語で歌わなかったら、「フォークリポートわいせつ裁判」を闘わなかったら、数々の評論や翻訳の仕事がなかったら、今のぼくはない。

思い出すとイモヅル式に身をよじりたくなるような喜怒哀楽がよみがえる。それがあまりにタフで、ぼくらは昔の知り合いと一定の距離を保つクセがついてしまっているのかもしれない。エイッとこの殻のどこかを破って中身を出すことも必要かもしれないと最近になって気づき始めている。いつまでも「♪知っているのに 知らんふり」やないやろ、と。10/08/06



●画像は先週作った『トリゴラスの逆襲』のダミーの表紙。きのう、速達を受け取った編集者が「最初の読者になれてうれしい」と言ってくれた。最近にない好感触。出版まではまだいくつもハードルを越えなきゃいけないんだろうが、いいスタートを切れたんじゃないだろうか。次の一歩はお盆過ぎになるそうだ。出版って時間かかるのよ。

『トリゴラス』をぼくはよく1977年作品と言ってしまうのだが、出たのは78年だ。出版を拒否された経緯があり、その間に年が変わったのだった。下品だからと変更させられた表紙のデザインに今回もこだわっているが、意固地にならずに、もっと柔軟に開いていってもいいだろう。

出版社と当時22〜3歳のぼくの間に立って、なんとか出版までこぎ着けてくれた名編集者・松田司郎さんの回想と考察がインターネットで公開されている。知らない人はぜひ読んでください。子どもの本はこういう実験をしながら80年代前半までは歩を進めた、とぼくは思っている。取り戻したい点が多々ある。『トリゴラスの逆襲』を今、出したい理由がぼくには山ほどある。

土曜の夜は楽しかった。深夜にセイちゃんもやって来た。彼が制作した和術慧舟會・少年少女空手道選手権大会のドキュメンタリー番組が日曜日に放映された。格闘技をこよなく愛するセイちゃんの、隅々にまで心の込められた30分だった。

湿度異常に高し。さすがにクーラーを入れて体調に気をつけている。10/08/03



 

●きのうは懸案の絵本『トリゴラスの逆襲』のダミー作りに没頭。ただいま製本中で、これができたら出版社に送ります。いいのができそう。順調に行きますように。

上の写真は木曜に再訪した川棚の天空房で。左が店主の山口宜昭さん。注文を聞いてから粉を溶く。出来上がりまで30分ほど待ちます。ぼくらは厨房に押しかけて蕎麦打ちを解説入りで見学。きょうは発芽蕎麦があるから使いましょうと山口さん。右は美しい棚田を見ながら食べるぼくとクン。3週間前、水汲み場の近くに偶然見つけて期待もせずに食べた二八蕎麦があまりに素晴らしかったので、今度は十割蕎麦をとこの日を待っていたのです。うまい! それなりの蕎麦歴を持つぼくだが、こんなにうまいものは食ったことがない。蕎麦湯も最高。これで750円。威張ったところのない店主の人柄もおいしさのうち。

今夜は若い友人たちがうちに集合。港で打ち上げる5,000発の花火の、ここは特等席。クンは注文していた丸鶏をこれから市場に取りに行って、サムゲタンを仕込みます。10/07/31



●湿気さえなければなんとかしのげる長崎の夏。日なたは暑く日陰は涼しい。冷房は使わず、サーキュレーターで部屋の空気をかき回している。

78年に絵本『トリゴラス』を出した直後から続篇を構想していたが、これだという話が思い浮かばず、映画化はシナリオと監督の狙いがお粗末だったのでお断わりし、放置……良く言えば寝かせていたのが、先週、急にサムネイルが描けた。こういうのは突然来るね。それで出版社に連絡したら、『トリゴラス』の続きなんてすごいプレッシャーですと敬遠気味の編集者、ぼくが電話でストーリーをメリハリつけて語ったらノッてきた。ホットなうちにダミーを作ろう。ゴーゴー・トリゴラス!

絵本の世界をかき回すサーキュレーターになるべく、ぼくはこれまで一歩引いていたところを二歩三歩出ようと思っている。それで、しばらく距離を置いていた赤とんぼ(福岡)の高橋さんに「ぼくを使ってください」とお願いした。ここ数年だけでも、かけがえのない人をずいぶん失った。生き残り組は慢性的な出版不況に脅かされている。そのせいばかりじゃないだろうが、ジャンルのクオリティが落ちている。高橋さんからポジティブな返事が届いた。九州に来たころそうしていたように、また彼の軽トラに同乗して絵本ドサ回りが始まるかもしれない。体力が回復してきたので、それも大丈夫。とにかく動こう。

画像は「赤とんぼ通信」に来月から連載する「セミナリヨ別館」というコラムのロゴ。長崎絵本セミナリヨは終わったが、ぼくの中でセミナリヨは続いている。カトリック新聞に切り捨てられた「ベガーズバンケット」だって、ぼくの中では終わっちゃいない。三十何年前の『トリゴラス』のように、ぼくの中でいろいろなものが持続している。もちろん音楽もね。一個一個、落とし前をつけていこう。10/07/26



●映画「ベルリン・天使の詩」(87年 監督:ヴィム・ヴェンダース)を観た。88年にリアルタイムでキネ旬に書き『映画未満』(90年)に載せた。読み返してみようと本を開いたら、一発でそのページが出てきた。天使の悪戯かもしれない。

ヴェンダースの「パリ・テキサス」(84年)を先日テレビで観直して、なんで昔は毛嫌いしたんだろうと不思議なぐらい感動した。それで「ベルリン・天使の詩」をレンタル店にリクエストしていたのだった。図書館に置けばいいのに。画像は天使を演じるブルーノ・ガンツ。

作品のクオリティの高さが心地良い。言葉が沁みる。撮影のアンリ・アルカンは「美女と野獣」(46年)や「ローマの休日」(53年)のモノクロ・フィルムの美しさをさらに研ぎ澄ませる。
音楽もいい。ぼくはニック・ケイヴが歌うライブハウスのシーンに衝撃を受けた。たしかにライブハウスってこういう場所だったよ。ひとりひとりの人間が自分の孤独を確かめにやってくる。ステージの上で次に何が起きるかわからない「今」という世界の崖っぷちに出演者も観客も我慢して立つ。若いころに観た故・つかこうへいの芝居もそうだった。小屋に入るのも、客席に座り続けるのも、ものすごく勇気が要った。それが、いつの間にか和みの場にすり替えられていく。ウケることが出演者にも観客にも求められ、みんながいい人か変な人のフリしてる。業界用語で喋る。血液型の数の人間しかいない。

ぼくのいるジャンルも同じだ。そうじゃないだろ、こうじゃないか、という表現を身をもって示す必要を感じる。おとといから『トリゴラスの逆襲』という絵本を構想中である。10/07/21



●『ホームランを打ったことのない君に』の韓国版が出たようである。「ようである」というのはまだぼくのところに連絡がないし本も届いてないから。出版社のホームページの表紙のサムネイルをクリックすると紹介ページに行けます。投稿欄の上からみっつを翻訳エンジンにかけたら次のような内容でした。この人たちもまだ絵本を手にしていない、インフォメーションを見ての感想のようです。

・野球が好きな子どもたちがとてもチョアゲックンニョ^^〜 今のままじゃなくて、希望を持って努力したら必ず夢がかなうという感動を与える、そんな期待が持てる本のようです〜
・ヒューヒュー、日本的な絵が引き立って見えますね。自信がなかったり、勇気を失った子どもたちが読めば、もっともっと自信が持てるかな。
・希望と夢……幼い時、心の中に植えておかなければならない良いことだと思います。絵の色彩が本当に独特で、お気に入りになりそうですね。

お隣でいながら文化的に遠い韓国でこのように待望されているのがうれしい。読後の感想を聞きたいです。何か動きがあったら、ここか What's New?(Tシャツ買ってね!)でお知らせしますね。10/07/14



●だいぶ前に手放した本をどうしても読み返したくなってオークションで手に入れた。サンダル神父と時々ぼくが書く沢田和夫の『キリストの建設』(67年 中央出版社)。次の箇所にぼくはとても影響を受けたのだ。

 このラザロの復活がきっかけになって、人々はいよいよキリストを殺そうと決めたのでした。邪魔な奴だ、このままにしているとこのイエズスについていく弟子が増える。このままではローマ人が来てわれわれの国を滅ぼしてしまう。今のうちにこれは処分しておかなければ。
 弟子は師に勝らず。教会もそうなるのが当たり前なのです。このままにしておくと教会は日本にとって邪魔である。今のうちに教会なんか処分してしまえ。そう思われるようなところが教会にあるのが当たり前だと思います。
 ところがむしろありがたがられる教会になっていく。それで果たしていいのかしらという疑問もあります。キリストにあまり忠実でないから邪魔にもならないのかもしれません。あまりキリストが満ち満ちていない教会なのかもしれません。ある人の目には道徳教育のためにつごうの良い教会だとかいうだけのことになっているようです。
 この聖書の箇所を読むにつけて矛盾を感じます。安泰の夢をむさぼっていてはならない。
(改行:集平)

教会にというより自分に、たびたびこの言葉を思い出させる必要がある。キリシタン弾圧もここから見直すべきだろう。徹底的に迫害されるほど、400年前の日本の教会は福音的であったと。10/07/09



●不可解なことが重なり、とっくに動き出しているはずの仕事がストップしていた。それで去年の『大きな大きな船』以降は作家らしい仕事ができなかった。台所事情は大変きびしい。こういう時は自分がダメ人間に思えてきて、もう祈るしかない状態になる。
先週、京都に行く新幹線の中でその仕事にゴー・サインが出たというメールを受け取った。ユルユルと進んでいたもうひとつの仕事が本格的に動き出すというメールも京都で受け取った。やっと仕事ができる。じわじわと元気が出てきた。

画像はことしの1月、大雪が降った翌朝、アパートの駐車場に見つけた小さな雪だるま。携帯で撮った写真を絵のように加工してみた。ストップしていたのはこの雪だるまからインスピレーションを得た絵本だ。依頼してきた人に投げ出されてしまい、次に見てもらった人とのやり取りの中でぼくは気力を失い、最近になってやっと、もうひとりの人に相談する気になった。気に入ってくれた彼女は出版社の偉いさんに声を出して読み聞かせたそうだ。心のこもった読み方だったのだと思う。こうして出版社からゴー・サインが出た。

ストレスも多いが、ぼくは人と組んで仕事をするのが好きだ。孤高の芸術家にはなれそうにない。だれかとああだこうだ言いながら作る。ぶつかったり励まし合ったり、1+1=2以上のものが出てくる。小さなパン種が大きく、おいしく膨らむ。そしてそれを見知らぬ人に届ける。その人が本を開いてくれるまでじっと待つ。そういう営みが好きだ。10/07/07



●3回生のT君が金曜の夜に呑みましょうと誘ってくれてたので、授業後、S教授とそのお好み焼き店に行ってみると、3〜40人が集まっている。1回生から4回生、学科の講師やスタッフまでいて、すでに喧しい。できれば小さな集まりでじっくり話したいとぼくが注文をつけたので、これでも半数に減らしたとT君は言う。今の4回生が、ぼくが京造の1回生から3回生まで持ち上がりで絵本の授業をした初めての学年だ。言い換えると、ここにいるみんな「おべんとう絵本」を作ったことがある。ぼくと呑むというので集まった学生たちを見渡して、ようやくここまで来たかと感慨深かった。

怒濤のような話がぶっ通しで続き、ぼくが立ち去った午前3時過ぎ、2次会合流組も含めてまだ2〜30人が呑み屋に残っていた。後で副手のタニ君が「先生と熱く話す学生を見てうれしくなりました」とメールをくれた。彼とは初対面の春から、この大学をもっと活きのいい場にしようねと言い合ってきた。声はガラガラ、しかし二日酔いもなく、まだまだ行けるぞと思ったが、さすがに長崎までの車中ではほとんど眠りこけていた。帰って浦上天主堂のミサに出た。

こないだから話題にしているモーツァルトの未完のミサ曲ハ短調K.427をぼくは繰り返し聴いている。京都の行き帰りに子守唄みたいに聴いていたのはミシェル・コルボ指揮、ローザンヌ声楽&器楽アンサンブルの89年録音で、翌年に録音されたレクイエムとカップリングで出ている(画像)。フリッチャイ指揮の定番を取っ掛かりにいろいろ聴いてきて、このCDに行き着いた。レクイエムも素晴らしい。他の演奏にない音楽の間口と奥行き。凄み。きわめて慎み深いことでしかおそらく得られないだろう豊かさと静けさ。コルボは基本的に教会音楽しか演奏しない。こんな生き方ができることこそ奇跡であり、恩寵だ。10/07/04



●長崎に来たころに書いた「遠雷」という歌を最近、クンの太極拳教室の人たちが声を合わせて歌う。すごく気に入って、携行用の歌詞カードを作ってみんなに配る男の人がいたりする。CD「WHATCANIDO」(96年)に収録した子どもの声ではキーが高すぎるので、編集ソフトで音程を下げてカラオケにしていたのだが、イントロがないので歌い始めが揃わないし、声がかぶる。それで、新たにカラオケを作ることにした。

mp3が再生できるプラグインが必要です

長崎の歌だからね、明清楽風にするという手も考えたが、オルゴールを使うことにした。だいぶ前に、ロールペーパーにパンチで穴を開けて曲を作れる手回しオルゴール(画像)をプレゼントされて「遠雷」をアレンジしたのがあったので、それをロング・バージョンにして、キーを合わせて、歌詞にあるように、1番・ペーロン競漕(春)、2番・精霊流し(夏)、3番・長崎くんち(秋)、4番・浦上天主堂の鐘(四季を通して)の音をかぶせた。上のサンプルで鐘の部分を聴いてください。音質じゃっかん落としてあります。あしたから、クンの教室ではこれに合わせて歌います。わ〜い。10/06/22



 
左:DEVO「Something For Everybody」 右:Roland White「I Wasn't Born to Rock'n Roll」


●ぼくのエッセイ集『音楽未満』(91年 絶版)関連ニュース。その1、DEVOが20年ぶりの新盤「Something For Everybody」をリリース。聴きました。初期のディーヴォ路線でグレード・アップという奇跡のような作品です。いいです。日本盤も出ます。
その2、Roland Whiteの「I Wasn't Born to Rock'n Roll」(76年)が初CD化。知る人ぞ知るブルーグラスの名盤です。どちらも『音楽未満』にぼくがファン・レターみたいな文章を書いているので、ぜひご一読を。

あの時点でディーヴォは忘れられていたし、ローランドはほとんど知られていなかった。このふたつを同時に評価しただけではなく、どちらの音楽にも影響を受けたぼくのようなやつは世界的にあんまりいなかっただろうと思います。これらの音楽が時を経てまた脚光を浴びている。うれしいです。あそこで取り上げた他の音楽も大事です。そういえば、カルトーラのドキュメンタリー映画のDVDも先月出たんだ。観たい。
『音楽未満』どこかで復刊しませんかね。続きも書けるよ。10/06/20 ↑タイトル下に復刊リクエストへのリンクをつけ加えました。どんどん投票してください。



●日曜日は晴れた。港に色が戻る。長崎造船所香焼(こうやぎ)工場まで行ってみた。まずはカトリック香焼教会へ。色ガラスを通して午後の陽射しが聖堂内を照らしていた。広大な工場の中がどうなってるのか、外からはわからない。見晴らしのきく突堤に立つと、国内最大1,200トンのゴライアス・クレーンが遠くに見える。こちら側で装備中の大きな船に近寄って見上げた。赤い下塗りの、タンカーだろうか。空の青と船の赤が海面に反映して揺れている。あまりの美しさにシャッターを切った(画像)。

ペーロンを担いだオレンジ色のユニフォームの若者たちが道を横切る。深堀ペーロン競漕大会の帰りだ。彼らもぼくらも笑って手を振る。

夜までたっぷり時間があったので、前から気になっていた街道沿いのうどん屋に寄り、唐比(からこ)のハス園を散策した。見ごろはまだ先だ。人はほとんどいない。サギたちが我が物顔で、あれは泥の中の獲物を狙っているのかな。

暗くなってから、忙しい一日を終えたジャガイモ農家のマチコさんちに行く。日本一おいしいメークインを箱で買う。買ったのより大きい箱で売れない形のをくれる。味は同じだ。合流した友人と居間に上がって、しばし歓談。ご主人のカオルさんの話が豪快で気持ちいい。外で蛍が飛んでいる。
おすそ分けのおすそ分けで、ジャガイモをビニール袋に小分けして三角亭に持って行ったら、奥さんがビールをおごってくれた。ワラシベ長者になった夜。10/06/14



●きのうの審査・研修会。県立総合体育館サブアリーナでPAをするぼく。大雨が建物を叩くノイズの中で声や音楽を聴き取りやすくするために一工夫。

PAはPublic Addressの略。公衆伝達。この意識がわれわれの社会は高いとは言えない。雑音まき散らす選挙の宣伝カー。あの人たちがパブリックな仕事をできるとは思えない。聴き取れない日本語の歌にも公衆伝達の気づかいのなさを感じる。

大学の教室にもPAがあり、講演会場にもPAがある。ライブハウスやコンサート会場にももちろんある。ハコモノ行政で公共施設のPAにはやたら金がかけてある。しかし、ちゃんと使いこなしているところは少ない。自主イベントで業者にPAを頼むと、こちらの気持ちが萎えるほど高くつく。それで、長崎に来てからは手持ちのPA装置を使いこなそうと呼びかけ、長崎絵本セミナリヨでは希望者に初歩の音響講座をして、まずは自宅のステレオの音を良くしようというところからやってみたのだが、セミナリヨが消滅して、PAを扱える人を育てるまではいかなかった。

2004年から楊名時太極拳長崎県支部のPAを担当してきた。こっちが水準を上げて、本部や他支部が真似してくれたらいいと思ってやってきた。BGMに凝った。動きながら指導する人がワイヤレスのヘッドウォーン・マイクをつけるスタイルは長崎県支部が最初だ。そろそろ若い人にバトンタッチできるようにしたい。そういうところから環境を変えていけたらと思っている。10/05/24



●ガリシア出身、大分・杵築教会のセサール・フラガ司祭による『フラガ神父の料理帳―スペイン家庭の味』(10年、ドン・ボスコ社)は見ているだけでハッピーになれる本だ。レシピも難しくない。01年の文化出版局版に加筆・再編集して復刊された。
この中にある「ガリシア風ちゃんこ鍋」という料理の「ちゃんこ」という言い方が気になった。相撲部屋料理で知られるちゃんこ鍋は長崎発祥とされる。ちゃんぽんとちゃんこの関連を明らかにした人はいない。フラガ神父はこう書く。

ちゃんこはスペイン語の“チャンポナーダ”(何か、めちゃくちゃなこと)から出た言葉で、“何ができるかわからない”ことを言います。大航海時代に船の中で、ぶら下がった鍋に毎日具が加えられて、次々と違う内容の鍋になったことから生まれました。

長崎ちゃんぽんの語源には諸説あるが、中国語の「吃飯(チーファン:ご飯)」説が有力。中国の鉦がチャンと鳴り日本の鼓がポンと鳴るから、もっと露骨にチャンコロ(中国人の蔑称)とニッポンの合成語だという説もある。そのくせチャンコ鍋は料理番を「父公(チャンコウ)」と言ったと別物扱い。
「吃飯」の福建省読み、シャポンまたはセッポンを明治の長崎人がチャンポンと聞いて、それを当の中国人も受け入れる? そんなアホな。麺を飯とは呼ばせんだろう。
チャンポンという形容は長崎ちゃんぽんのまだない江戸時代にすでに使われていた。東アジアの広い範囲に同様の言い方がある理由は大航海時代と関連づけて初めて説明できる。チャンポナーダ〜チャンポン〜チャンコ〜チャンポール〜チャンプルー……。はじめに言葉ありき。こういうことを知ると晴れ晴れとした気分になる。きょうの天気のようにね。10/05/07



●ドキュメンタリー映画「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」(09年)がよかった。本人たちは「これは『カムバック映画』じゃなく『いい加減オレたちのこと認めろよ映画』だ」と言っている。一瞬の輝きの後の30年の不遇。バイトで食いつなぎながら粘るメタル男たち。
報われないツアー、ギャラを払わないハコ、レコーディングのストレス、言い争い……ぼくにも身に覚えがあることばかりで切なかった。でも彼らは笑顔で乗り越えようとする。彼らには確信がある。クロージング・クレジットにかぶせてヴォーカル&ギターのリップスが語る。「音楽は永遠に残る。借金もそうかもしれないけど。音楽は永遠でそれがアートだ。それが一番重要だ」
グッと来た。よっつに分けられた字幕をキャプチャーして合成して上の画像を作った。「それが一番重要だ」そうなんだ。優先順位を間違えないようにしよう。10/05/02



●27日は和歌山OLD TIMEでライブ。今夜、長崎に帰ってきました。とりいそぎご報告。

満員のお客さん。すごく集中して聴いてくださった。みなさん、ありがとうございました。仕掛人の西岡崇さんとマスターのBOBBY松本さんの侠気に乾杯。長年、共通の知人が複数ありながら会えそうで会えなかったリクオとも会えたし、いい旅になりました。乙カレー。

画像はきのうのシューヘー。OLD TIMEで演らせてもらうのは16年ぶりですが、歌い始めたとたん、空白の時が埋まりました。埋まっただけでなく、その先が見えてきた。(撮影:西岡崇)10/03/28



●18日(木)は京都造形芸大の絵本ゼミ仲良し5人娘が長崎にやってきた。学生が連れ立って来るのは初めてだったので、すごくうれしかった。

長崎に着くなりお腹空いたと言うので皿うどんがうまい店に行き、うちに荷物を置いて、観光ではあまり行かないコアな長崎を案内して歩きまわった。
好奇心旺盛でまっすぐな学生たち。クンの心づくしの夕餉をおいしく囲んだ後は、ひとりずつ作品の講評。そのうち人生相談が始まって、ぼくは何年ぶりのにわか易者に。朝方まで楽しく過ごした。

翌19日は彼女たちだけで観光、ぼくのサルコーデ・ナガサキ展をやっている祈りの丘絵本美術館〜大浦天主堂〜グラバー園を見て三角亭でちゃんぽんを食べて戻ってきて、グラバー園で撮ったコスプレ写真をうれしそうに見せてくれた。面白いから古写真風にして載せよう。
このような女の子女の子した行動に出るシューヘー・ガレージ来訪者はこれまでいなかったけど、いやいや若い娘はこうじゃなきゃと妙に感心したことであった。

右上は帰る直前に撮った記念写真。おかげでぼくらも元気になりました。ホントにいい娘たちだねと、クンと曽我はすでに思い出話に花を咲かせてます。ありがとう。また来てね。(写真提供:はまじ)10/03/20



●長崎にちょこっと寄港した世界最大級豪華客船クイーン・メリー2号。夕方には横浜に向けて出港しました。写真はうちから見たQM2、左が船首。松が枝ふ頭から後進離岸、そのまま行くと対岸にぶつかるので大きく曲がってこちら側に船尾を向け、前進で出て行きました。

水面からの高さは20階建てのビルほどの62メートル。右奥に白い線で写っている女神大橋をくぐり抜ける時、船と橋の隙間は3メートルしかなかったそうです。絵本『大きな大きな船』のモデルにしたタイタニック級のクリスタル・シンフォニー号より100メートル長い345メートル、重さは3倍の15万トン。これまで長崎に寄港した船で一番大きい。ぼくもこのクラスは初めて見た。

1月4日から4月22日で世界一周、全日程参加費用は200万円から2,000万円。乗る人がいるんだよな。きょうは2,500人が船を降りて長崎観光したそうな。ぼくらの感覚を見事に裏切る巨大な動く建造物。ぞっとするほど美しい。大きな大きな船には日暮れがよく似合う。世界の日暮れを思わせる。10/02/17 灰の水曜日




集平のビックリニュース ぼくの歌「真っ赤な夕陽が燃えている」の印税が入金されてる。なんだろなあ、前はカラオケ使用で何十円とか何百円、年に何回かの振り込みも少額過ぎて据え置き状態だったのが、すんなりと数万円入ってる。書類には国外使用と映画使用とある。詳細を知らされないので謎だったのが、曽我がついにネットで見つけました。
香港の有名スター・李克勤(ハッケン・リー)が「護花使者」というタイトルでヒットさせている。歌詞の内容はぼくのとは違うね。こうして歌うとまるで中国製の歌みたい。まんまセメントミキサーズのアレンジです。クレジットにぼくの名前が出る(間違えてるのもある)。観てちょうだい、ハンパじゃないから。
まずはビデオクリップ。91年、ぼくが長崎に引越してきたころじゃん。ということは、最近ブレイクする何かきっかけがあったのかもね。

※たぶん、これかな。アイドル時代劇で使われたようです。そういえば、アジア映画で集平さんの「真っ赤な夕陽…」がかかったんで驚いたと何年か前、だれかに言われたな。この曲は実はストレイ・キャッツもカバーしているワーレン・スミスの「ユバンギ・ストンプ」(56年)がネタなので、それじゃない? と答えたんだけど、なあんだ、やっぱ「真っ赤な夕陽…」だったんだ。ぼくとしてはパロディのつもりだったので作曲というのはこそばゆいけどね。

李克勤 護花使者 MV 1991 再生中画面クリックでデフォルトを表示


ライブ/チアリーダー付き/みんなで踊ろう/のど自慢などなど 再生中画面クリックでデフォルトを表示


……ね、めちゃ流行ってるでしょう? オレの知らんところでオレの歌が勝手に稼いでる。どう受け止めたらいいのか、じゃっかんパニクッてます。08/08/30


「護花使者」収録の李克勤(ハッケン・リー)大陸向けベスト盤(07年)



●JR新宿駅東口改札を出て左、丸ノ内線に向かう通路左側にベルクという19坪の小さな店があります。ビール、ワイン、日本酒、喫茶、軽食どれも最上のものを格安で出すので大人気。店内に写真や絵の展示もあって、昔の新宿の雰囲気も漂います。くわしくはHPを覗いてみてください。このクオリティでこの値段、お店が成立するのかしらと、びっくりするよ。

その店長が著書『新宿駅最後の小さなお店ベルク』を送ってくださった。実は店長の井野朋也さんと副店長の迫川尚子さんはぼくの絵本講座に来ていた人たちで、そのころ井野さんは学習塾の講師、迫川さんは小さな出版社を手伝っていたのかな。本によると90年にお店を受け継ぎ、試行錯誤を続けながら次第に幅広い客層を得たそうです。
ぼくらの知り合いの写真家・橋口譲二さんの写真集をバラして(ぼくが絵本をバラして見せたのがヒントになったと書いてある)額装して店内に飾ったのをとっかかりにして、本橋誠一さんのオリジナルプリントや様々な人の作品を紹介してきている。通信も出している。すでにお店に歴史が刻まれています。ぼくらが長崎にいる時間とほぼ同じ長さの時間がベルクにも流れていたのですね。
それが店舗スペースの現オーナーにあたるルミネから突然、立ち退きを迫られた。立ち退き反対の声がファンから上がり、常連客の編集者がベルクの本を出しましょうと持ちかけたそうです。応援サイトも立ち上げられています。

ぼくがうれしかったのは、今行っている大学でもそうなんだけれど、絵本作家なんてだれもがなるもんじゃない、それよりも、こうやって絵本を通して芸術・文化・歴史・社会を広く深く知り考えることが、それぞれの人生でいつか少しでも意味を持てばいい、その人を今いるところよりも前に押しやる推進力になればいいとずっと言ってきたのね。それをこのふたりは飲食店という場で生き生きと展開しているんだなあ。それでいて、しっかりと地に足がついている。お見事。この19坪の絵本を閉じさせてはいけないと思う。
HPの「店長に聞く!」というコーナーに次のようなQ&Aを見つけてぼくはニヤリとしてしまいました。井野さん、キープ・オン・ロッキンしてるよ。

Q29:自分の中でのヒーロー、ヒロインは?
ザ・ビートルズ。
Q30:これだけはやりたくないこと!
自主規制。

みなさん、ベルクを応援してください。新宿駅を利用する人はぜひお店に立ち寄ってください。一番の応援は客のひとりになることだと思う。08/07/04


garage@cojicoji.com
[index]へ戻る
[What's New?]●[シューヘーとは]●[LIVE・EVENTスケジュール]●[「シューヘー通信」を読もう]●[歌詞集]●[長谷川集平の仕事]●[PHOTOアルバム]●[本とCDの通販カタログ]●[集平のブラックボックス]●[クン・チャンのレッドゾーン]●[リンクページインターネット・コネクション]●[おまけネコ]