スペイン語版『はせがわくんきらいや』
進行過程での書き込み 集平のFacebookより
2026年 1月30日、1月31日、2月2日、2月3日


1月30日
チリの出版社から『はせがわくんきらいや』のスペイン語翻訳版を準備しているカミさん、日本側のエイジェントの要求する額が高すぎて作業が止まっているとぼくに訴えてきたので、さっき複数の宛先に書いたメールから少し抜粋・修整して載せます。
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(前略)1975年、20歳の秋にこの絵本を描いた時には想像もできなかった読者の広がりと読みの深さ、多様性をこの絵本は与えられてきました。
一昨年、カミさんとの出会いがありました。そしてその時、ぼくが中学生〜高校生のころに日本でフォークソング・ブームがあって、チリのヴィクトル・ハラのことを伝説のように聞いた記憶が蘇りました。『はせがわくんきらいや』を描いたのはハラの死の2年後でした。
そして今年、出版50年を迎えます。チリ版の出版はこの記念の年にふさわしい祝砲のような気がしています。
東アジアの人たちに読まれてきたこの絵本がスペイン語圏に届きます。 ぼくの住む長崎はポルトガルとスペインによるキリスト教宣教によって生まれた港町です。ここで殉教したメキシコの宣教師もいます。
ポルトガルとスペインの文化を拒絶した徳川幕府はイギリスとオランダ、そして中国との貿易だけを許可し、文化交流を制限しました。
この政策を「鎖国」と呼びます。長い鎖国の間に日本人の性格が形成され、独特の文化の洗練が培われますが、普遍的な教養と社会性は失われました。
明治時代に開国したあともこの独特の日本らしさは残りました。
『はせがわくんきらいや』は1960年代の日本の、特に関西の子どもたちがどのような生活をしていたかを飾ることなく描いた絵本です。民俗学的価値もあると思います。スペイン語圏でどのように受け入れられるか…カミさんがとても気に入ってくれたのですから、きっと気に入ってもらえるでしょう。
ちなみに、アメリカ合衆国で翻訳本を出そうとした人がぼくの知る限り2人いましたが、両者とも「ぼく」が「長谷川くん」を殴るシーンの暴力性を理由にアメリカの出版社に拒絶されています。
暴力だらけのアメリカ映画を観ていると、『はせがわくんきらいや』のあのシーンを理由に出版をためらうアメリカの出版事情がいかに不自由なものか、いかに偽善的なものかがわかります。それは最近の日本の出版社にも言えることです。『はせがわくんきらいや』が出版された1970年代に比べて、現在の日本の児童書出版はとても臆病で保守的で小さいものになってしまってます。ぼくの出版機会も減りました。
復刊ドットコムもエイジェントも、カミさんの勇気とそれに応えようとするD社を応援しましょうよ。ぼくらがなかなか発揮できなくなっている出版の良心を発揮するチャンスだと思います。
スペイン語版のためなら何でもしたいとぼくは思っています。
目先の儲けは望めなくても、のちのちになって胸を張れる仕事になるとぼくは確信しています。ボランティア精神で行きましょう。
『はせがわくんきらいや』は出版当時、すごく売れたのですが、出版社の事情でぼくは正当にギャラをもらえなかったのです。
最終的に復刊ドットコムで復刊されるまで、まともにギャラをもらえたのはほんの短期間だけでした。
ですから、これは金儲けのための本だとぼくは思っていません。
お金のためではなく、ちょっと不良な「サマリア人」のために、この絵本はこれからも本棚で読者を待ち続けるでしょう。
カミさん、Sさん、ぼくはそのように考えています。グッドラック!

画像はカミさんが試作したスペイン語版表紙




1月31日
現在、地球の向こう側のチリで『はせがわくんきらいや』のスペイン語版を出そうとしているカミ(カミラ・ディアス)さんに3年前に知り合ったころ投稿したコメントから少し抜粋します。
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カミさんというその女性は1ヶ月前に友だちに教えてもらった『はせがわくんきらいや』が頭から離れず「なんと素晴らしい美しい本だ」と思い「日本文化の代表作」と考えてくれている。そこまで言われたのは初めてだ。
日本語ができる彼女の質問に答える形で昨日からメールでやりとりしている。ロックの話をすると『はせがわくんきらいや』はパンクですねと、直球ど真ん中の答えが返ってくる。
チリと日本は時差12時間、こっちの真昼は向こうの真夜中だ。地球の反対側から来てくれるカミさんにどこかで会えたらいいな。長崎で会えたら最高だと思っている。
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そして、カミさんは長崎に来てくれたのでした。彼女はヤワな文学少女ではなく、格闘技(テコンドー)もする日本好きの美術教師、テコンドーの相手に殴られた自分の絵をインスタに載せていたこともあった。昨日載せた、彼女が試作したスペイン語版『はせがわくん…』の表紙を見て、ぼくは「あれだ!」と思ったのでした。アメリカの出版社が暴力と断定したあのシーンをカミさんは違う目で見ています。ちなみに、カミさんは(おそらく多くの中南米人は)アメリカの偽善が大嫌いです。 だから、『はせがわくん…』が英語(米語)より先にスペイン語で翻訳・出版されるというのは、小さいころからブラジルの友人に影響を受け、中高生でヴィクトル・ハラの反骨精神に学んだぼくにとって、この上ない喜びです。
たまたま友人が見せてくれた『はせがわくんきらいや』に衝撃を受け、「日本文化の代表作」と思い、スペイン語に訳してチリの人たちに見せたいと思ってくれたカミさんに感謝します。日本文化の代表作! 日本の絵本の代表作ではなくて。




2月2日
『はせがわくんきらいや』チリ版、ぼくのギャラをある程度出そうとした日本のエイジェントがチリのD社からすると高額の使用料を要求していたことがわかったので、ぼくはこの版で儲けようとは思わないから安い取り引きにしてくださいと伝えた。
チリのカミさんからニコニコした文面で、ぜひD社のNさんにもメッセージを送ってほしい、翻訳ソフトがあるから日本語でもかまいませんとメールが来た。D社が『はせがわくんきらいや』と並行して準備しているチリの物語のことも書いてあった。
以下、それに対するぼくの返信をコピペします。『はせがわくん…』をスペイン語にどう訳せばいいか、タテ組み右開きを横組み左開きにどうアレンジしたらいいか、カミさんの試行錯誤を表わす2枚の画像も載せておきます。
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カミさん、Nさん
翻訳ソフトの進化に頼って日本語で書きます。
今、D社で進められているチリの田舎の女の子の話をカミさんに教えてもらったことで、チリで『はせがわくんきらいや』が出版されるというイメージに確かな手応えが加わりました。教えてくださってありがとう。
この2冊は民俗学的なところ、そして見えないことと見えること、夢と現実の間を当たり前のように行き来できる子どもの、定義できない心についての物語だというところが共通している気がします。カミさんが書いている考えにぼくも賛成です。
Nさん、どうぞよろしくお願いします。
ぼくが美術大学で唯一真面目に受講した民俗学の故・宮本常一さんは、この学問を本来の庶民のレベルに取り戻してくれた、気さくな学者でした。
有名人や勝者の記録としての歴史と違って、民俗学は無名の人たち、どちらかというと敗者の、だれかが書き留めなければ忘れられてしまう物語です。
社会に翻弄される子どもや大人たちをぼくは描いてきました。社会派と決めつけられそうになると否定してきました。
ぼくが描いてきたのは社会批判ではなく、人と人との関わり、ラブ・ストーリーです。
50年前に出版された『はせがわくんきらいや』によって1960〜70年代日本のニヒルで無神論的な精神土壌から出ようとして始まった旅は、1980年代にキリスト教(カトリック)と出会い、現在住んでいる長崎への転居がありました。長崎はカトリックを受け入れた歴史とカトリックを拒絶した歴史の二つに引き裂かれた港町です。
長崎に住んで今年で35年、ここから日本と世界を定点観測しながら作家活動をかろうじて続けています。
地球のそちら側とこちら側で、おたがいを励まし合える仕事ができるといいですね。
まずは『はせがわくんきらいや』とそのチリの女の子の本が順調に出ますようにと祈ります。
いい日を!
集平
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Keep on Rockin’ !



2月3日
『はせがわくんきらいや』チリ版を準備している出版社のナタシア(Nataschia)さんと直接メールのやりとりができた。ナタシアさんの文面がウキウキしている。「チリおよび南米大陸に『はせがわくん…』を広く普及させたい」と書いてある。南米全域にだよ!
「この作品は、人間関係の複雑さ、人生のはかなさ、そして愛と友情の微妙なニュアンスを描いた、美しい物語だと思います」。こんなに率直で的確な意見を編集者から言われるは初めてのことなので、ぼくもウキウキしてきた。
ナタシアさん、ありがとう。あなたに引き受けてもらってよかった。『はせがわくん…』を、どうぞよろしく。