集平セミナリヨ レポート08
集平リモート・セミナリヨ レポート


第8回
『おさむ、ムクション』を語る

2023年11月15日

1981年 リブロポート


1976年『はせがわくんきらいや』で絵本作家デビュー、5年目の1980年に描かれた本作。この間、絵本の世界が大きく動き、心境の変化も多く、絵本の世界に飽きてきたころだったという集平さん。『はせがわくん〜』のイメージをいまだに強く持つ人が多く、そこからできるだけ遠くに行きたい、一冊一冊を違う人が描いたように描きたい、という思いが強くなっていきます。まずは、『おさむ、ムクション』朗読からスタートしました。

このころ、集平の絵と文は神経質そうに見えるとある人から言われます。このセミナリヨでも紹介した「とんぼ」のような、太い線で輪郭を描いて細い線でぐちゃぐちゃぐちゃと濃淡をつけた絵とナイーブな文体はそうだったかもしれない。もっとおおらかな絵にするために水性マーカーを取り入れます。細いマーカーで線を描き、太いマーカーで色をつける、このスタイルが自身の80年代の作品の特徴と言えるだろうと説明されました。『たかし、たかし』と『おさむ、ムクション』はマーカー、『音楽未満』の肖像画はマーカーで下地を塗って色鉛筆で濃淡をつけています。マーカーと色鉛筆をよく使うようになりました。

1979年のすばる書房の倒産以降、ホームレスになったと感じていましたが、結婚して電話を引くと急に仕事が増え、1980年からの3年間は、絵本、雑誌、挿絵、バンドなどで多忙を極めることになります。

絵本ブームがピークに達する70年代末に、今は絵本の時代だと今江祥智さんが言い始めます。60年代から育ててきた絵本の世界がやっと実を結び、自分たちの時代が来たという感慨があったのでしょう。その言葉に反発するように集平さんは「時代の絵本」と言い返します。受身的に絵本の時代が来たと言うだけではなく、時代に働きかけたい。ビートルズがそうだったように、ひとつの歌が世界を変えるようなことが絵本にもできるのではないかという思いがありました。

70年代の「絵本の時代」を経た今、また怪獣の絵本を描いてみようと思った集平さん。『トリゴラス』では日本独特の強くて巨大で凶暴な怪獣を描きましたが、その時は否定した子どもの友だちになれる「かいじゅう」をあえて描くことにします。「長谷川集平の絵本は子ども向けではない」と言われてきた、え? わからないのならもっとわかりやすく描いてあげるよという気持ちもありました。ここでグズラや、ピグモンなど、子どもと仲のいい恐くない怪獣を紹介。友好珍獣ピグモンは身長1m、身長40mの隕石怪獣ガラモンと同型の着ぐるみを使っている、ムクションを描くヒントになりました。

高円寺の古本屋で小さいころのヒーロー「赤胴鈴之助」の漫画本(1958年刊)を見つけて購入、3歳のわくわく感がよみがえります。読売ジャイアンツの野球帽をかぶり、赤胴鈴之助になりきって刀をかざす3歳の集平さんの写真を見せてもらいました。
読者を高揚させ、ぐいぐいと引き込む漫画本。今は失われた印刷(ゴム製版)の味。『おさむ、ムクション』をこういう印刷にできませんか? と編集者に見せると「なるほど、いいですね。印刷所と相談します」と言って帰り、次の週かその次の週に印刷所の人を連れてきます。おだやかな物腰のその初老の人に「赤胴鈴之助」を見せて「こんな印刷できないでしょうか」と言うと、しばらく黙って漫画本をめくり、めくり返し、ふと目を上げて「これ、私の仕事です」(!)この巻頭カラーの製版は自分がしたと言うのです。驚きの出会いでした。
「ゴム製版はもうできませんが、今のオフセット印刷でなるべく近いものを作ってみましょう」。心を込めて仕事をしてくれて最高の絵本が仕上がりました。印刷も製本も素晴らしい。この絵本は子どものファンも多かったそうです。復刊してほしい、ああいうプロの人とまた仕事がしたいと切に願う集平さんです。

表紙と裏表紙の解説、トビラの参考にしたパンクのレコード・ジャケット…作者にしか語れないメイキング秘話、絵や言葉のひとつひとつ、ページをめくる展開に込められたものをたっぷりと解き明かしてくださいました。

放課後タイムでは、先日行われた「リアル・セミナリヨ 浦上で絵本の話をしよう」 で語った話のあらすじを丁寧に話されました。テーマに掲げた「原爆、キリシタン、そして絵本」で何を語りたかったか、キリシタン時代に日本は初めて「愛」を知ったのです。武士道も実はその愛に根ざしています。サムライの生き方を長い鎖国時代に潜伏キリシタンという形で受け継いできたのが浦上だった。デビューから今までずっと愛をどう描けるのか、歌えるのかと自問しながらラブストーリーを描き、ラブソングを歌ってきた集平さんのお話がストンと胸に入ってきました。 今回も様々な写真、画像、動画を交えながら、濃厚で楽しい時間でした。

(齋藤)







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『赤胴鈴之助』武内つなよし作。「こういう印刷できませんか?」集平の問いに印刷所の職人さん「これ、私の仕事です!」


3歳の集ちゃん。心は赤胴鈴之助。





『おさむ、ムクション』トビラ(上)と、ヒントになったレコードジャケット『BABBLE』(1979)Kevin Coyne & Dagmar Krause。

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