集平セミナリヨ レポート12
集平リモート・セミナリヨ レポート


第12回
『はなす』を語る

2024年3月20日

1983年 日本ブリタニカ


前回、講座を始めてすぐにパソコンが壊れてしまった集平さん、シューヘー・ガレージのパソコンの前に移動して素早くフォローされましたが、その週のうちに新しいパソコンを購入。明るい画面とクリアな音で今回も『はなす』の朗読からスタート。

本作は1983年、日本ブリタニカから出版された絵本館ピコモスというセットの1冊。絵本館ピコモスは谷川俊太郎と小松左京プロデュース、1980年ごろにトレンドだった書き手と画家・漫画家が組んで動詞のひとつひとつを絵本にした25冊とカセットテープなどの訪問販売セットでした。書店に出なかったこともあり、あまり知らないまま忘れられてしまいます。1996年に集平さんは地方出版の温羅書房から『たんぽぽのこと』と改題して復刊。間もなく温羅書房がつぶれます。そして2015年に復刊ドットコムから絵本館ピコモスの中から10冊セレクトされての復刊。この時に企画者の意向でタイトルを『はなす』に戻しました。

前作『土手の上で』で一つの極みに達し、次の作品をすぐに描く気持ちになれなかったという集平さんに、この共作絵本の依頼が来ます。プロデューサーの谷川俊太郎さんが選んだ共作相手は当時よく読まれた『ことばが劈(ひら)かれるとき』の著者、演出家の竹内敏晴さんでした。
初対面の竹内さんは30歳年上、演出家特有の押しの強さと醸し出す雰囲気に圧倒されたそうです。竹内さんは難聴と吃音を克服し、話せるようになるまでの試行錯誤を応用した「竹内レッスン」という演劇ワークショップを主宰していました。話せなかった人を話せるようにし「声の産婆」と呼ばれることもありました。

竹内さんは東北大学で実践しているトレーニングの話を集平さんと編集者にします。声が出ない、話せない人たちと目隠しをして大学の裏にある野原まで手を引いて連れていってもらい、草や木や花など周りにあるものに触れていきます。自然の中にある池は、空気と同じ温度なので手を入れただけではわからない、手を動かして初めて水だとわかる。そんな鮮烈な体験は人に話したくなるでしょう? 教室に戻って目隠しを外し、それを話す、伝えるのです。最初は耳元でささやくほどの小さい声でしか話せなかった人が、一歩離れても届く声を出す。だんだん離れていって、最後は教室の後ろの壁の前に立って、前方の黒板の前に立つ人に声を届ける。それができたら今度は向こうの教室にまで聞こえるように大きな声で話す。そうやって言葉が劈(ひら)かれていく。これを絵本にできないか? と竹内さんは提案されたそうです。

竹内さんの方法は方法だけ説明してもわからない、その時その場のアドリブも含めた竹内さんの才能によるところが大きい。それを子ども向けのハウツー絵本にするよりも、同じことを絵本的な表現にして子どもに伝えられないだろうかと集平さんは考えます。絵本モンタージュ論も生かしたい。竹内さんの指導書にぼくが挿絵を描くのではなく、起承転結のある物語にしませんか? と提案します。意外な顔をして聞いていた竹内さんがうなずき、なるほど…実はこんな話があります、とその場で「クサレマナイタ」というアイヌに伝わる話を、まるでお芝居のように生き生きと語り始めます。
集平さんはこの話が大好きで、幾度となく講演や授業でホワイトボードに絵を描きながら語ってきましたが、去年のリモート講座の時に紙芝居化し、今回さらに手を加えた紙芝居「クサレマナイタ」をここで上演します。

わからなかったものを言い当てる、定義する、それをこんなに見事に伝える物語はないと竹内さん、これはすごい話だな、と思った集平さんですが、そのまま民話絵本にするよりも、もっと子どもが自分のことのように思える日常的な話にできないだろうか。集平さんは「次にお会いする時までに考えてきます。いったんぼくに任せてください」と言って竹内さんと別れます。
「クサレマナイタ!」という一言によって呪縛が解ける、つまり適切な言葉によって世界が劈(ひら)かれる。それを子どもの話で描けないだろうか、教科書的な要素も取り入れながら『はなす』の物語が具体的になっていきます。各画面に「いいました」「はなした」「こえをあげました」など、「はなす」と関連する動詞を入れました。「あっあっあっあっ」というよしくんの吃音は竹内さんのアイディアで、言葉がなかなか出ない、じれったい場面が欲しい、吃音を克服した竹内さんの思いが込められました。こうして女の子と男の子が話すことで劈(ひら)かれていく、やさしい絵本が誕生しました。

竹内さんの著書、『ことばが劈(ひら)かれるとき』(1975年)、『子どものからだとことば』(1983年)を紹介しながら、集平さんがまとめたフリップには、まなぶ=まねぶ、わかる=わける、の違いが書いてありました。「わかる=わける」ことを重視するあまり、バラバラに分断されてしまった物や事、心や体の全体性を回復する必要があるのではないかという竹内さんの思いが書かれていました。

そしてもう一度、『はなす』を朗読。
実は『たんぽぽのこと』というタイトルにぼくは未練がある。話し始めるのがとても遅かった集平さんが3歳になる前の春、叔父さんと散歩をしている時に花を見て初めて「たんぽぽ」と言った、たんぽぽはぼくにとって特別な花なんですというエピソードを話されました。また、こんなに話す夫婦はいないだろうと、クン・チャンととことん話をする生活、そこに竹内さんがもたらした、ぼくが聞いたことも考えたこともなかった話、それらの化学反応でできた作品だったのでしょうと語ったところで講義部分は終了しました。

放課後では、『こじこじ年代記』(トクサ文庫)の「一九八三年 はなす」をフリップで紹介。コンセプトという言葉が流行ります。一音一音に心を込めるアナログ音楽よりも、横並びの記号に均されていくコンピュータ・ミュージックを新しくオシャレに感じるようになっていく。人間の荒々しさや静けさ、喜怒哀楽、パッションを描くことを心がけている集平さんは、流行りのコンセプチュアルな表現に興味はありませんが、そんな時代の前で立ち止まってしまいます。それは集平絵本がバッシングされた時代でもありました。そんな中、子ども向けの絵本では表現できないことを表現していた大人のバンド、スペシャル・サンクスが解散し、集平さんはこれまでにない喪失感を味わいます。心身ともにバランスを崩してしまいます。怖いこともあったようです。そこから抜け出すためにクン・チャンと鈍行列車に乗って当てのない旅に出かけ、たどり着いた長崎〜五島の風景や風土に癒されます。東京に帰ってからは、絵を描き、本を読み、音楽を聴き、映画を観る、勉強期間だったと振り返ります。

参加者のみなさんからの質問にも、どんどんと答えていきます。『はなす』の女の子に名前がないのはどうしてですか? という問いには、集平絵本の主人公や登場人物には名前がないことが多い、名前があるよりないほうが感情移入しやすいと思ってそうしてます、名前をつける場合は理由がありますとのこと。

大人になっても絵本を読んでもらうっていいなあ、集平さんの声がとても好きです、あたたかい気分になりましたという感想も。大学で教えていた頃は、「これを集平さんの声で読んでほしい」と自分の好きな絵本を持ってきた学生も少なくなかったそうです。読み聞かせに否定的な集平さんですが、パフォーマンスとして可能性があるかもしれないという言葉。今後の展開に期待です!

講義で読んだ紙芝居「クサレマナイタ」は、ずっと出典がわからないでいます。日本の昔話と思われてきた『だいくとおにろく』(北欧の民話の翻案)や小熊秀雄の「マナイタの化けた話」に出てくる鬼は自分の正体を言い当てられると退散して消えてしまいます。それは悪魔払い=エクソシストの手法と同じです。同じような物語が世界中にある。ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」の悪魔も自分の名前を当ててみろよと聴き手を挑発します。アイヌに悪魔という言葉はない。「クサレマナイタ」は外国産の物語をアイヌに置き換えたものかもしれないと集平さん。口承や伝承で変化しながら伝わった民話や物語、そこに集平さんの創作が加わった今回の紙芝居は本当に素晴らしく、どこかで出版されることを願います。

放課後では、参加者のみなさんと今日の感想を言い合ったり、ちょっとした質問でもあらゆる方面で集平さんが答えてくれることも醍醐味です。今回は貴重なスペシャル・サンクスの「テーマ」も聴かせてくださいました。また、表現で一番大事なのはパッション、非日常を表現するため、それを際立たせるための日常があるという集平絵本の核心をつくお話など、毎回さまざま側面を見せて聞かせてくださる集平さん、濃厚な時間をありがとございました。「きょうはいいひだ」でした。

(齋藤)



1983年、日本ブリタニカ版。セット販売の1冊だった。


1996年、温羅(うら)書房から復刊。『たんぽぽのこと』と改題、表紙を描いた。


2015年、復刊ドットコム版。企画者の意向で『はなす』に戻る。


共作者は演出家の竹内敏晴さん。


「あっあっあっあっ」というよしくんの吃音は竹内さんのアイディア。


竹内さんから聞いた物語「クサレマナイタ」を紙芝居で上演。


竹内さんの著書から「まなぶ=まねぶ」「わかる=わける」をまとめる。●クリックで拡大






『だいくとおにろく』赤羽末吉 画、1967年。


アラン・タネール監督の「ジョナスは2000年に25歳になる」(1984年)と「光年のかなた」(1985年)は集平の大きな転機になった映画。

前のページへ戻る

『はなす』資料ページへ