はせがわくんきらいや




1976年、第3回創作えほん新人賞受賞。絵本界にセンセーションを巻き起こしたデビュー作。
何度も復刊と絶版を繰り返し、数年間の沈黙が続いていたが、2003年7月、ブッキング(現・復刊ドットコム)より復刊。
約50年前に描かれたものなのに、ぜんぜん古ぼけていない、むしろ新しい。必読書。




『はせがわくんきらいや』の変遷
●1976年「月刊絵本」5月号
第3回創作えほん新人賞 優秀賞受賞(最優秀賞該当なし)

武蔵野美術大学入学直後の自己紹介で「森永ヒ素ミルクの絵本を描く」と宣言した集平。その年の夏休み明けから秋にかけて描き年末に応募。

翌2月の晴れた日、アパートの廊下の電話で『はせがわくんきらいや』受賞の知らせを聞いた。部屋でクンと抱き合って転げ回った。あれからずっと転がり続けている。──『こじこじ年代記』

「共同便所の安アパートに住んでいて、四畳半の部屋の電気こたつと友だちから買わされたサビた汚い製図台で『はせがわくんきらいや』を描いた。描いては畳の上に並べながら、1枚の絵に何日もかけて描いてった。苦しんで泣きながら描いたよ」(集平)「シューヘー通信」35号・2004年1月 『はせがわくんきらいや』復刊記念インタビューより
●1976年6月 すばる書房 ペーパーバック版 480円

「月刊絵本」の別冊の形でペーパーバックとして発売。 表紙のグレーと赤、下部の黒、見返しの薄いグレーは大賀美智子編集長による。
当時集平は「本のノドにあたる部分には大事なものを描いてはいけない(絵が綴じた奥に隠れて見えなくなる)」「絵の周りに余白を作る」という絵本のノウハウを知らないまま描いていたが、大賀編集長がきちんと絵が見える製本方法(かがり綴じ)を選び、余白が必要な部分を指定して描き足させたりと、出版物としての体裁を整えてくださった。
●1976年 すばる書房 980円

ペーパーバック版から間をあけず、ハードカバー版が出版される。集平は大学を中退し「月刊絵本」編集部で働き始めた。
時は絵本ブーム。『はせがわくんきらいや』は話題作となり、新聞や雑誌の取材も増え、講演会やサイン会で全国に出向き、毎日ダンボール箱数箱分のファンレターが届いた。しかしこのあとすばる書房は倒産。何千部、何万部? どれだけ売れたのか知らないが(その当時で戦後売れた絵本の10冊に入るという話もあった)、集平は印税をほとんどもらっていない。
●1981年 すばる書房 B5版 980円

すばる書房を名乗ってはいるが、まったく別の会社から出た版。一回り小さなB5サイズ。最初にA4サイズで出版されたのは大賀さんの判断で、もともと集平はB5を想定していた。さらにこの当時、原画は行方不明。刷り出し見本をもとに、画面が荒れないよう縮小、印刷した。その後原画が見つかったが、長い間原画展で持ち回られ、描きたし部分を貼り付けた糊の痕などでかなり変色していて、すでに版下としては使えなくなっていた。

この時代『はせがわくんきらいや』はもっともネクラな絵本だと言われた。それに反発して集平は表紙の背景色を曇り空のグレーから晴天の青に変える。
●1993年 温羅書房 1,500円(税込)

温羅書房(うらしょぼう)は岡山の集平塾メンバーが中心となって始めたインディペンデント地方出版社。立ち上げにあたり『はせがわくんきらいや』の予約を取ると、出版社発足資金があっという間に集まった。
ここでまたA4サイズに戻したのは、読み聞かせの時に本が大きい方がいいというメンバー(図書館司書や教師が多い)の意見を汲んで。実は直前に他の大手出版社から復刊の話があり、刷り見本を元に印刷用のフィルム起こしまで済んでいたが頓挫。そのフィルムを譲り受けた。
黄色と黒、貼り文字のタイトル。カバーをこのデザインにしたのは1970年代半ばに描き出版されたこの絵本もパンク世代であることを強調したかったから。
カバーを外した表紙は1981年版と同じ色。本文は黒ではなく墨色にした。
残念ながら数年で倒産し、『はせがわくんきらいや』はふたたび絶版の憂き目に遭う。
 
●2003年8月 ブッキング(現・復刊ドットコム) 1,600円+税


2003年1刷から2016年18刷まで、色をDIC色見本「日本の伝統色」から選び、カバーを藍白と猩々緋、表紙は藍色と黒、見返しを朱色にした。本文は温羅書房版と同じ墨色。


●2024年9月 復刊ドットコム 19刷 1,800円+税

しばらく品切れ状態だった『はせがわくんきらいや』の増刷が決まったのが2023年春。せっかくなら決定版と呼べるものを作りましょうと提案しました。そこからが難しかった。試行錯誤、山あり谷ありの1年半を経て、とうとう集平の納得のいくベストな本に仕上がった!

印刷・製本を1976年のすばる書房初版にならい手作業かがり綴じ製本を採用。真っ白の用紙に墨色のインクで刷り、版によって変えてきた表紙・カバーと見返しの色を一から見直したディレクターズカット、最新リマスター、これが決定版です。(見返しはすばる書房版に戻し、長崎ちゃんぽんの唐あく麺にちなんで灰汁色にしました。)



「ただ、次の増刷時に同じ製本ができるかどうかわからないと言われました。職人が減ってます。今回の増刷2,000部をなるべく早く売り切って次につなげたいと思います。製本職人がいなくならないうちに」(集平)


復刊ドットコム版15刷(上)と今回の19刷(下)。
用紙の色、墨の濃さ、ノドの開きなど違いは一目瞭然。 クリックで大きな画像が出ます。



番外編
「解放教育」1980年7月臨時増刊号 明治図書

解放教育に役立つ教材の特集号に、灰谷健二郎さんの希望で1度目の絶版状態だった『はせがわくんきらいや』が丸ごと収録された。
「現代童話 5」1991年 福武書店(現・ベネッセコーポレーション)

全5巻の文庫本。今江祥智さんの希望で2度目の絶版状態だった『はせがわくんきらいや』が丸ごと収録された。
絵葉書セット 1999年4月 シューヘー・ガレージ

3度目の絶版状態だった『はせがわくんきらいや』を自主制作で丸ごと絵葉書にした。復刊までの「つなぎ」のつもりで作ったが、朝日新聞に取り上げられたとたん切れ間ない注文の電話やファクシミリが何日も続き、うれしい悲鳴を上げることになった。
2024年末、合計5,000部作った絵葉書も完売間近。

●詳細は絵はがきセットのページ


初の翻訳版 香港で出版 2019年

2019年7月、『はせがわくんきらいや』初めての翻訳版が香港の木棉樹出版社より刊行されました。

文字は手書き。香港の一般家庭でも買ってもらえるようにペーパーバックにして値段をおさえたそうです。しっかりした製本、きれいな仕上がりです。見返しがない代わりに、表紙の折り返したところに哺乳瓶の絵が入りました。

翻訳やデザインなど、ベストの選択をしていく出版までの長い道のりのゴール近くで、香港と集平の直接やりとりもありました。翻訳絵本では異例のことだったようです。

『はせがわくん…』を香港の子どもたちに届けるために尽力してくださった関係者のみなさんに感謝。

『長谷川同學真討厭』 木棉樹出版社 定價港幣38元

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表紙

カバーの折り返したところに哺乳瓶

見開き。文字は手書き




●評論

絵本 カバーそで 1976年 ハードカバー版 すばる書房
●「きらい」という冷たい言葉の奥の、友情といらだちと悲しさのいりまじった表情。ヒ素ミルクの中毒患者だけでなく、子どもの生活に必ず一人はいる"弱者"としての長谷川君と仲間のかかわりあいが、突きはなして描かれている。広角レンズでのぞいたような、ゆがんだ大胆な構図と、黒の単純な線がユニークだ。──朝日新聞

●わたしはとにくこの一冊に感動しました。同時にこうした激しい告発を、こんな自由で柔らかな一冊に仕上げた長谷川さんの姿勢に、田島征三さんたちにつづく若い世代の柔軟さを見る思いがしました。いわゆる社会派絵本いっとき流行ったプロテスト・フォーク・ソング風なものなのに、もっととても自在で力まず持続しそうです。(中略)この異才の大成をおおいに期待します。──今江祥智 第3回創作えほん新人賞・選考評
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「精神のパルチザンとして」灰谷健次郎 「解放教育」1980年7月臨時増刊号(明治図書)
『はせがわくんきらいや』は、森永乳業のヒ素入りミルクを飲んだ子どもと、その子どもをとりまく腕白坊主の交友を描いた反(アンチ)友情物語です。あえて反(アンチ)友情物語などというのは、この作品の中で、作者が情緒としてのやさしさを、ヒューマニズムとしてのやさしさを、いっさい拒否していることをさして、ぼくがいったまでです。

──ぼくは、はせがわくんがきらいです。はせがわくんといたら、おもしろくないです。なにしてもへたやし、かっこわるいです。(中略)この悪魔的? 正直さは次のようになります。

──先生が「長谷川くん、からだ弱いから大事にしてあげてね」ゆうた。ぼくは、とんぼをとってあげた。長谷川くん「とんぼいらん」ゆうた。(中略)作者は、人々がこれまで持っていたやさしさの概念を、完膚なきまでにこわしています。こわすことによって、差別者と被差別者が対等の場に、いやでも立たされることを、この作者は冷静に計算し(中略)「…大事にしてあげてね」という大部分の教師が持っているやさしさの名を借りた怠け者根性を撃っています。

 とんぼの受け取りを拒否した長谷川くんをなぐった腕白坊主は、もうそこから、長谷川くんに対するやさしさを自ら、創造的に考えていくしかありません。非情といえば非情な話ではあるけれど、そこを越えなければ、人間のやさしさは永久に生まれてこないものだという思想の深さを、この絵本は持っているのです。

 「長谷川くんなんかきらいや、大だいだいだいだあいきらい」といいながら、汗をたらして長谷川くんをおぶってかえる腕白坊主に、ぼくたちは胸を熱くするのですが、その熱いおもいは、すぐ、明日のぼくたちの生きざまを、ふり返らせる力を持っています。(中略)自らを変え、他人(ひと)をも変えていく力としてのやさしさを、長谷川集平さんは具体的に、ぼくたちの前に見せてくれたのです。彼の側からいえば、自らの痛みを勇気を出して、子どもたちの前に投げ出したともいえるでしょう。
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温羅書房版 帯より 1993年 
これはぼくらのマイルストーンだ!
絵本を変えた1冊 読者の手で待望の復刊

絵本って何だ? とたずねていくと
『はせがわくんきらいや』にたどりついた。
これが絶版状態だなんて! 名作は読み継がれてこそ意義があると、ぼくらは立ち上がった。
これは「絵本」のマイルストーンでもある。
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吹っ切れる 2014年
最優秀賞なしの優秀賞。審査員のひとり児童文学者・古田足日さんは選評にこう書いている。「長谷川くんをおぶっている子どもの目には怒りがある。この怒りがむかう方向が示されたとき、この絵本はもっとすぐれたものになるだろう」。子どもの疑問に母親がきちんと答えていない。絵そのものにもっと力が欲しい……。──『こじこじ年代記』

古田足日さんの批判をぼくは長い間引きずりました。絶版なら絶版のままでいいよ、なんてニヒルになった時期もあります。
吹っ切れたのはわりあい最近です。若いころ聞いた岡林信康の「自由への長い旅」の歌詞「♪…この道がどこを 通るのか知らない 知っているのは辿り着く ところがることだけ そこがどこになるのか そこで何があるのか わからないままひとりで 別れを告げて旅立つ 信じたいために疑い続ける…」をふと思い出したのがきっかけです。行き先なんてわからなくていい、大きらいな長谷川くんを背負って歩き始める、この子はだれもしないことを引き受ける、そこが大事なんだ。
それで『はせがわくん…』の30年後に描いた『ホームランを打ったことのない君に』にまだ歩き続ける男の子と長谷川君を描きました。この絵本の中でもう一箇所ふたりが登場します。探してみてください。──集平Facebook 2014年

あれは怒りではない、覚悟なんです。──リモート集平セミナリヨ番外編 2024年



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