ブンくんの頭の中はいつもエッちゃんのことでいっぱい。なのにいじわるばっかりしてしまう。
プロレスおじさんからの真のメッセージ 「人間はどの人間もアブナイ」
復刊ドットコムで、読者の投票の力により、2004年待望の復刊!
忌野清志郎さん推薦(帯より)これだけはまず言っておきたい。僕が絵本でもっとも強烈な感動を受けたのは長谷川集平のデビュー作である。たいへんな問題作で、ものすごく話題になった。内容もすごいが、やはり絵がすごい。線がすごい。言葉以上に多くのことを物語っている。これを描いた長谷川集平という奴はとんでもないロックン・ローラーだと僕は思った。
人々はいつもデビュー作に騷ぐが、2作目、3作目には、あまり注目しないものだ。それはどうやら、この世界の掟のようで、絵本でも音楽でもたいていそんな感じだ。
だが、わかってる人間にはわかってる。デビュー作はセンセーショナルだったが、実はどんどん良くなってるじゃないかってことが。本物はずっと死なない。ますますカッコよくなってる。
長谷川集平は、僕に勇気と感動とユーモアと反抗心と……そうさ、すげえ多くの物を与えた。この人からは一生目が離せないと思ってるんだ。
さて、パイルドライバー。
エッちゃんのような女の子なら誰でも好きにならずにはいられないよな。とても素敵な恋をたくさんしてきた長谷川くんらしい、ほのぼのとした作品だ。
世の中には、甘ったれの無責任な打たれ弱い女が、ちょっとした事で傷ついてメソメソ泣いている。それが現実だ。まったく、そういう女とかかわると嫌な気分になるだけで時間のムダだ。
理想なのかも知れない。パイルドライバーは、いい女の力強さを高らかに歌い上げたロックン・ロールの名作なんだぜ。
確信犯より一言 長谷川集平
(「温羅だより」'95.4月発行号より)この絵本の前に『絵本づくりサブミッション』(筑摩書房)という本を出した。『絵本づくりトレーニング』の続編にあたる絵本入門と問題提起の書だ。ぜひ読んでほしい。
「トレーニング」「サブミッション」と続けば、好きな人なら「ああ、格闘技かプロレスね」と来るはずであり、それが今度の『パイルドライバー』で、もうダメ押しみたいに笑い出すかもしれない……というのが実は作者の作戦なんだけどね。
というのは、この絵本は絵本の格好をした絵本論でもあるわけで、お気づきでしょうが登場人物の名前がまず文(ブンくん)と絵(エッちやん)なのだ。このふたりのすれ違いや、出会いや、闘い、別れなどは、絵本の中で絵と文がからみあう、そのままだと言ってもいい。絵本独特の対位法をこういう形で見せるというのも一興かなと考えた。
エイゼンシュテインが、それまでのスタティックなモンタージュ論に「ノー!」と言って、モンタージュは衝突だ、もっとダイナミックなものなんだ、と力強く宣言したように、ぼくも絵本はもっと力動的になれるんだ、だってそもそも人間がそうなんだもの、と言い続けていたいのだ。
格闘技やプロレス、武道や武士道に興味を持った理由を、こうして自分で解き明かしているような気がする。
だれもがもともとアブナイ存在だということ。それに気づくことが人間理解の第一歩だとぼくは言えるようになった。(1995年2月)
パイルドライバー 推薦文 山中恒
(「温羅だより」'95.4月発行号より)またまた集平さんのすてきな絵本ができました。
ブンくんは、へんなやつです。大好きな大好きなエッちゃんに、ひどいことばっかりします。よくいるんですよ、こんな男の子って。
だって、ぼくがそうでしたから、よくわかるんです。大好きな女の子にだったら、正直に、やさしくすればいいのに、わざと反対にひどいことをするんです。かっこつけて……。
そのくせ、内心はびくびくなんです。「本当にきらわれたら、どうしようか? こんなことをしていていいわけないよね」なんて、思ってるくせに、いじわるが止められない。
でも、そんなブンくんみたいなやつは、ひどい目にあえばいいって、だれでも、思うはずです。ぼくだって、自分のことなら、そうは思わないけど、ブンくんのことなら、そう思います。思いきっりひどい目にあえばいいって……。
ところが、それがまた、ひどい目にあうんですよね。いい気味だって思うくらいひどい目に。
そこがいいんですね、集平さんの絵本のお話は!
なまじっかなもんじゃ、ありませんよ。もうプロレスのはでなわざというわざは、ぜんぶかけられて、とどめの一発が『パイルドライバー』なんですから。
もう「ざまあ見やがれ!」ってなものです。
でも、こんなすごい大団円というか、最後のメインエベントには、だーれも立ち会っていないのです。
もしかすると、あまりのことに、当のブンくんも、「これは夢かもしれない」と思っているかもね。
でも、これって、エッちゃんにたしかめるわけにもいかないものね。
だって、大好きなエッちゃんに、「ないしょだからね」って、いわれちゃったんだもの。
ぼくははじめ、エッちゃんのモデルは、集平さんの奥さんのカメラマンのくみ子さんかなって思ったんだけど、すぐちがうと思った、だってくみ子さんて、とってもでかいんだぜ。あの人に『パイルドライバー』なんかかけられたら、集平さんなんかバラバラにぶっこわれて、もう、どんなにかき集めて修理しようと思ったって、できっこないもの。
それなのに、集平さんがこうして、すてきな絵本を作れたというのは、くみ子さんがエッちゃんじゃなかったということだ。
エッちゃんってだれなんだろうなぁ…。ぼくは集平さんのこれまでの絵本のなかで、これが一等大好きです。ものすごくわかりやすいお話のくせに、奥が深いんです。
でも、好きな女の子には、なにをされてもいいけど、すきな女の子にはしてはいけないこともあるんです。
『パイルドライバー』をかけられる前に本当にきらわれてしまうでしょうから。
●いくら学んでも届かないところに、1枚の絵、ひとつの音楽、1冊の本、1本の映画が連れていってくれる。平和、同和、命、心…の教育が伝えきれないことを絵本がやさしく語るプロレスやプロ野球を観て気づくこともある。頭で理解するんじゃない、心で掴むんだ。──集平Twitterより 2022年5月28日