集平リモート・セミナリヨ レポート
第14回
『おんぼろヨット』を語る
2024年5月15日
1987年 BL出版
村上康成/絵
前回に続き、村上康成さんと集平さんによるヨット3部作の第2作目『おんぼろヨット』。今江祥智さんが書いた帯には、「まるで、てのひらの上の映画館、長谷川集平と村上康成の新作は、絵本の新境地を目指している」と書かれています。まずは朗読からスタートしました。
ヨット3部作は約10年の構想を経て1987年に出版されました。物語の主人公は、『かいじゅうのうろこ』は20歳前半の若者、『おんぼろヨット』は39歳の中年男、『プレゼント』では老人。一生の間に怪獣とどうつき合っていくか、ぼくの理想形を描いたつもりです。
ゲンタとナオミが歌う「でんでらりゅう」は歌詞やメロディは土地によって少しずつ異なりますが、九州のおもに大分、長崎、鹿児島に伝わるわらべ歌だそうです。『おんぼろヨット』では五島に伝わる歌詞とメロディを採用しています。長崎のメロディは日本民謡でよく使われるヨナ抜き(4度と7度の音がない)の日本的な五音階ですが、五島のメロディはヨナ抜きではない、西洋風のメロディです。
鎖国前の五島は外国航路の中継地点であり、世界に向けて開かれた重要な土地でした。歌詞の意味が不明なこと、ケルトやアイルランドのメロディに近いことから、この歌は大航海時代に船乗りたちが伝えたのではないかと集平さんは推測します。ここで集平さんのティンホイッスルのソロアルバム『My Generarion』から1曲聴かせてくださいました。アイルランドのメロディと「でんでらりゅう」のメドレーがなんともスムーズに耳に届きました。
ナオミという名前を聞いたゲンタは「ああ、いいなまえだ、イスラエルにも同じなまえがあるよ」と言います。1970年の流行歌「ナオミの夢」(ヘドバとダビデ)を聴いてイスラエルにナオミという名前があるんだと中学3年の集平さんが驚いたことを、最近ラジオでまた聴いて思い出しました。旧約聖書にも出てくる名前です。ユダヤでも日本でも女性名として違和感がないのは不思議ですが、日本・ユダヤ同祖論を唱える人もあります。
1984年の夏、心身ともバランスを崩した集平さんを旅に連れ出したクン・チャン。『おんぼろヨット』と『プレゼント』には五島を旅行した時の印象が絵本の形になったと写真を見ながらお話しされます。浜松〜名古屋〜故郷の姫路、そして長崎〜五島への旅、東京から離れるにつれ、こわばった顔つきがほぐれていきます。長崎特有の青い海の色を見てスーッと心が晴れます。ペーロン大会、精霊流し…五島の風土に癒されすっかり元気になり東京に戻った集平さんは、出かける前とおなじように絵本を描く気にはなれず、絵本がなくても子どもに喜びをプレゼントする人になりたいと思い、一輪車や手品の練習をします。
今朝起きてから作ったフリップを見せながら、人は自分という物語を失うと病む、物語を取り戻すことで癒される。集平さん自身も五島の旅に行ったことで、自分という物語を回復したと思っている。人の豊かさとは、その人の持っている物語の量と質に拠るのではないかと話されました。
『かいじゅうのうろこ』は長年あたためてきたものですが、出版が決まったことで3部作の物語に膨らみます。絵本を描く前、村上さんと五島を取材旅行。玉之浦の港、ゲンタとナオミが寝転がる遠浅の砂浜、断崖に立つ大瀬崎灯台、港の小さな教会なども絵本に登場します。命がけで海に出る漁師たちは信仰深く、長崎のどんな小さな港にも漁師とその家族のための教会やお寺や神社や祠があります。
『おんぼろヨット』でゲンタが旅に出るシーンに描かれたバラモン凧の動画も見せてくださいました。バラモンとは元気者のこと、うなり音を上げて元気に揚がるこの魔除けの凧も五島独特のものです。
タウン誌の連載エッセイをまとめた『長崎未満』(トクサ文庫)から「慈悲屋」を朗読。慈悲屋はミゼリコルディアのこと、キリスト教とともに日本に伝えられたイタリア発祥のボランティア組織、無償の病院と養護施設を運営していましたが禁教とともに失われます。ミゼリコルディアの行いは『おんぼろヨット』と深いところでつながっている、それを物語にしたのが『デビルズドリーム』(2006年)です。
ヨット3部作の後に描いた児童文学『見えない絵本』(1989年)では、見えることを前提にした絵本とは目の見えない人にとって何なのだろうという、絵本作家としての存在理由を問う物語です。すごいものを書いちゃったな、これを遺言にして東京を去ろう、と長崎に行く準備を始めたそうです。五島を旅行したことがヨット3部作になり、『見えない絵本』になり、やがてぼく自身が洗礼を受けて長崎に引越すことになっていく。ぼくにとって絵本を描くということは、単なる机の上の出来事ではない。気がつくと絵本が先取りした人生を追いかけています。
そんな話をして、もう一度『おんぼろヨット』を朗読。ラストシーンで「でんでらりゅう」のメロディを刻んだオルゴールをナオミにプレゼントして去っていくゲンタ、ここと船の中にオルゴールを描いたのは村上君のアイディアです。このヨット3部作は、読む人の失われた物語を回復させるとができる作品だと思いますと言って講義部分を締めくくりました。
放課後では、みなさんからの質問や感想を聞きながら、講義部分で見せきれなかった資料や動画を見せてくださいます。母が佐賀県出身で「でんでらりゅう」を知っているけど歌詞はわからないと言っていましたと話す人に、おそらく最初から歌詞がなかったのではないかと集平さん。アイルランドでは楽器なしで踊る文化があり、ダンスのリズムを示すのに歌詞がないメロディを歌うんです。大きな船の1等船室に乗ってきた宣教師や商人ではなく、船底で働いたヨーロッパ、アフリカ、アジアの被差別民、殊にヨーロッパのケルト系の人たちが伝えたメロディではなかったかと考えています。宣教師や商人が伝えたものを研究する人は多いですが、被差別民の伝えたものは記録もないし手つかずのままです。 ここで長崎の地図を見せて位置関係を説明。平戸や生月島など遠くに行けば行くほどカトリックの教義が変形して神道や仏教と結びつき、カクレキリシタンになっていく。外海(そとめ)では「こんちりさんのりやく」やオラショ(祈り)の伝承によってカトリックの教義が劣化せずに残ります。飢饉の時に長男の家の2〜3人の子ども以外の子どもは即座に殺せと大村藩が命じても、外海の人たちは従いませんでした。カトリックの教えに背くからです。開墾のために労働力を送ってほしいと五島藩から要請があるとすぐさま手をあげ、子どもと一緒に五島に移住します。このような口減しのための経済政策は大村藩に限らず、日本中でありました。根強いイジメや虐待は今に始まったことではなく、外国人の目の届かない鎖国日本で当たり前のように行われていたのです。鎖国がなかったら、日本はどうなっていたでしょうか。芸術や文化や医療や福祉や民主主義の可能性を絶ち、閉鎖的で自己陶酔型の国民性を植えつけてしまったのです。これからでも遅くない、失ったものを取り戻しましょうと集平さん。
ヨーロッパやラテン国の石造りの威圧的なカトリック教会は権力者が作ったものです。長崎の教会は明治6年に禁制が解かれたあとに貧しい信者たちがおよそ自力で建てたものです。浦上天主堂の主任外国人神父は建設費用捻出のために奔走し、餓死したそうです。ステンドグラスのような高価な芸術品を買える教会は稀で、小さな教会の窓には色ガラスがはめられています。暗い聖堂内に色ガラスを透した陽の光が差し込む、それはそれは美しい。どんな目に遭おうが子どもたちを守った人たちの血と汗と涙が五島の風景を美しく見せている。そのことを知識としてだけでも知っておいてほしいとお話しされました。
キリスト教のお話から仏教のお話へ。禅の悟りに至るプロセスを10場面で表す「十牛図」を紹介。牛を探し出して捕らえ、飼い慣らし、連れて帰った主人公は、やがて牛のことも自分のことも忘れ、空(くう)の境地に至ります。『かいじゅうのうろこ』と『土手の上』に似ています。しかし、それで終わりではないのです、主人公はまったく新しい目で自分のいる場所を見つめ直します。それから彼は町にでかけて(違う解釈もありますが)子どもたちに語りかけます。『おんぼろヨット』と『プレゼント』です。大学時代から興味を持っていた十牛図とヨット3部作との類似性に集平さんは目を見張ったのでした。
絵本は経験が熟成されて物語ができていくと思っていたので、物語が先行して引っ張られていくというお話がとても面白かったですという質問に、それが長谷川集平という絵本作家の特徴なのかもしれないと集平さん。『はせがわくんきらいや』や『およぐひと』は体験談だと思われがちだけれど、それは違う。作品はいつも作者の何歩も先を行っています。ドイツ国外に出たことのないバッハがイギリスやフランスやイタリアのスタイルで見事な曲を書く。禅のお坊さんはそこに座りながらだれよりも遠いところまで到達してしまう、だれよりも近いところまでも。ぼくは絵本を描き歌を歌うことで知らないところに連れていかれる。「見たから信じたのか? 見なくても信じられる者になりなさい」という復活のイエスの言葉は、見たことのないものを表現してきた集平さんの琴線に触れるのです。
今回もいい質問をしてくれてありがとうと言って放課後を締めくくりました。(齋藤)
集平のティンホイッスル・ソロアルバム『My Generarion』
人は自分という物語を失うと病む、物語を取り戻すことで癒される。●クリックで拡大
ゲンタが旅に出るシーン。バラモン凧、小さな教会が描かれている。
9年後、ゲンタが戻ってきたシーン。山の形、教会から上と同じ場所であることがわかる。
五島〜外海〜長崎の位置。
「十牛図」
前のページへ戻る